愛人として生きると決めた日

Reborn: 愛人として生きています

更新する理由

ほんの少し、放置しておりました。

毎日完ぺき!って訳ではないけれど、全体的には仲良くしてもらっています(*^^*)

 

彼との関係で悩んだり、愚痴だったり、時には惚気たかったり、でも、誰にも言えないから始めたブログですが、

不安だったり、不満だったり、くよくよ悩む前に彼に話そうと思うようになり、少しブログから離れていました。

 

困らせるのが嫌だとか、面倒だと思われたくないとか、喧嘩もしたくないし、不穏な空気そのものが苦手だから、❝悲しい気持ちや寂しい気持ち、嫌な事、全部言いたくない!❞ とか思っていたけれど、、、

 

いや、、、

思っているどころか、そんな気持ちを自分で上手く処理して、全部受け入れるからこそ愛人なのではないか、なんて言っちゃってる時期もありましたが、そんなのは結局無理で、綺麗事な訳で。

 

 

 

実際、言わなければ不安も不満も募るばかり、、、

不穏な空気になったとしても、話し合わなければ何も解決しないなと。

愛人関係だからこそ、この関係だからこそ、お互いに外面だけじゃないなら話し合わなきゃ。

「結婚って法的な立場や繋がりはないけれど、そんなの無くても凄く深くて濃い関係なんだよ!」って言えたらかっこいいなと思うようになりました。

 

 

きっとね、このような事を彼はずっとずっと言ってくれていたんですが、私が理解できてなかったし、❝そんな風に言ってても、実際愛人まで面倒を言い始めたら倒れちゃうんじゃない?❞なんて思って信用してなかったんだなと。

今頃になってやっと、少し彼に追い付いてきた気がしています。

 

 

別に、愛人関係に限らず、普通のカップルだって夫婦だって、一緒に居るか別れるか、どちらかしかない。

変に愛人だし、、、と気負わなくても、 お互い共に歳を重ねたいと思うなら、細かい事は許したり、時には諦める。 それが出来ない事は話し合って譲り合う。 どうしても譲れなくて、お互い方向性が違うなら、それは悲しいけれどさようなら。

 

このプロセスはどんなカップルでもきっと同じ。

 

それが、愛人だからできないまたは愛人だからさせない、なんて言うなら、お別れした方がお互いの為、、、

 

 

 


 

最近変わった事

彼も私も少しバタバタとしていたのですが、一旦落ち着き、更新したいなと思っていたブログと向き合っています。

 

私だけかもしれないけど、言葉では上手く言えない、または言いたくない事を、ブログに書きながら感情を整理して考え直したり、時には向き合いたくない気持ちを感じてみたりしていたんですね。

だからブログを書くのって結構時間が掛かったんです(笑)

 

 

単純に文章を書くのが下手なのもあるけど。

(いや、、、むしろそれしか理由は無いのかもしれない、、、)

 

 

それで、心に余裕がないと、もやもやする事があっても、ブログを書いてゆっくり感情と向き合う事も、考える事もできないから、もう本人に聞いてみよう。

 

となった訳です。

 

 

「ねぇ、大好きって言いたかったけど、寂しくて言えなかった」とか、

「ねぇ、私のお休みが多いと、❝遊んであげないといけない❞って思って気を使ってない?」とか

 

 

 

何度、「寂しい時はそう言えばいい」と言われても、

実際そうなったら、負担になるかもしれない、面倒に感じるかもしれない、フリーの日が増えたら、❝寂しくさせちゃいけない❞ってプレッシャーになるかもしれない、そんな風に1人で考えてた。

 

でも、実際、私より彼の方が感情を伝える語彙も方法も沢山持っていて、時間の使い方も上手い。無理な事は「ごめんだけど無理だよ」って正直に言うはず。

彼の言葉を素直に信じよう。

 

 

となって、ここ最近は悩んで自分で解決する前に、伝える事になりました。

そしたら、どうしようもない事で悩む事も、もやもやのループにハマる事も減って、❝あ、コミュニケーションってこういう事なんだな❞と、今更気付いています(笑)

基本的に殻に籠るタイプなので、彼を通して人間関係を学んでいるようでもあります。

 

 

もし、無理しているように感じたり、ちょっと私が言いすぎだと思ったら、またその時に話し合えばいいかなと。

そう感じなければ、それ以上は詮索も憶測もしない。

言い意味で、変な遠慮をしなくなった最近です。

 

 


こころの拠り所

何か問題があったり、痛い所を突かれると、

❝人と人は違う生き物だから歩み寄る事は出来ても、結局分かり合えない。❞

と思ってしまい、 「もう充分、それ以上私に踏み込まないで。」

 

 

と扉を閉めてしまう。

 

つい先日もそんな事があり、 Sさんに対してはかなり改善されたと思っていた心の扉を閉めてしまい、

「だから結局、違う人間だもん、分かり合えないんだよ。」

と言ってしまった私に対して、

「俺に分かり合えないって選択肢は無いよ。」

と彼が言った。

心を閉ざしていて顔なんて見てないけど、きっと、寂しいような悲しいような表情をしていたんだと思う。

 

あぁ、彼の方が何百倍も覚悟してる。

なんで怖いんだろう。 なんで好きな人の事はなんでも受け入れようとするのに、自分自身が受け入れられる事を自ら拒んでしまうんだろう。

受け入れてほしいと心から願っていて、やっとこの人なら、と思えた人なのに。

また、、、私が進んでいた関係を後退させてしまった。

 

 

 

、、、うーん。

でも、すぐ終わりだと思ったり、嫌われる、と思わなくなった所は、前進してるのかな。こうやって進んだり、止まったり、時には戻ったりして時を重ねていくんだろうな。誰かと共に歩むってこういう事なんだろうね。

 

愛人だから~とか、夫婦だから~とか、ほんと関係ない。

その事を何度も何度も言ってくれていたのに、自ら殻を作って都合が悪くなるとそこに戻ろうとしていた。

 

一緒に居ようねって決めたんだし、良い事も嫌な事も全部一緒に越えていくんだから、殻に籠ろうとするのはもういい加減止めよう。

別れるつもりもないのに、喧嘩したらすぐ「別れる!」って言う人みたいに、「分かり合えない!」と切り札を使うのもやめる。

多少めんどくさくても、人間臭い心の内を見せても彼なら大丈夫。

 

 

 

 

そんな事を考えていた梅雨明け。

 

今の方が、いつだったかされたあの質問に、心からうんって言える。

Sさんが独身だったら彼と結婚したいと思ったよ、、、

 


 

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交わってはいけないと感じた事

少し前、私とSさんの関係について知っている方にお会いする機会があり、

 

「夫婦ってペアだからね。奥さんって立場は1番で、それが揺らぐ事はない。 それでもいい、今のまま2番でいいってA子ちゃんは思っているかも知れない。だけど、本当はA子ちゃんは1番愛されるべき存在なんだよ。

それだけは忘れないようにしないと、本当に誰かの1番になれるチャンスが来た時、手放してしまうんじゃないかな。」

 

と言われた。

彼女は私とSさんの関係は知っているけど、詳しい事は何も知らない。

だからこの言葉たちは正論だし、私の事を思って言ってくれていると充分に理解できて有難いと思う反面、少し悔しくて悲しかった。

 

 

1番とか2番とか、どうでもいいと言うか、別物だと思うし、そこを比べてたらたぶん私は愛人をしてない。

私は私として1番大切にされてると思っていて、自信を持って大切にされてるって言える。 そして何より、私が好きで彼と一緒に居る。

 

なんて、普通に結婚をして、子どもが居て、妻と言う立場を持つ人に、言える訳がない。 妻と言う立場を持つ人に、このポジションを掲げて反論はするべきではない。

 

 

だから何も言わなかったし言えなかった。

 

 

1人の人として交流する分にはいいけれど、妻と言うポジションを持つ人と、愛人と言うポジションを持つ者が立場を明かして交わるのはやっぱり良くないね。

直接自分には関係なくても、大して興味がなくても、妻である以上、そこは受け入れてはいけない存在だよね。

当たり前。

 

 

分かってはいるけどほんの少し、仲良くなれるかもしれない人に本当の事を話せない寂しさを感じた瞬間だった。

 


アラサー独身女の価値観と偏見と独断

なんかもうすごいタイトルになってしまいました。

今回も(?)Sさん関係ありません。

ただの、私の価値観と偏見と独断で心境を綴るブログです(笑)

 

 

興味ない方はスルーで。

あ、でも、愛人ですって方、ご意見やアドバイス、頂けたら嬉しいです。

 


 

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思い出を残すという行為

約10年程一人暮らしをしてきて、初めてお家に写真が飾ってある。

 

 

きっかけは彼の「写真飾ろうよ」の一言から。

 

「そうだね」と言いつつもなかなか実行できなかったのは、気に入るフォトフレームが見つからなかったのと、変な不安から。

 

❝会えない時に写真を見て、余計寂しくなったらどうするんだろう、、、❞

❝喧嘩した時や微妙な時に見て、前は楽しかったな、とか思いたくない、、、❞

 

 

なんてネガティブ全開な思考だったけれど、彼に言われた事は基本やってみたい私は今回も素直に聞いて、ついに飾り始めました写真(笑)

それも寝室に。

 

その数日後にちょっと落ちる、まさに微妙な出来事があったんですが、なんと、この写真達が予想外に良い働きをしてくれた。

 

 

お気に入りの写真を選んでいるので当然と言えば当然だけど、少し気分が落ちて、不安な心境とは反対に、フォトフレームの中の私は凄く楽しそうなんだよね、もちろん彼も。

それを見ていると、❝こんなに楽しいんだからきっと大丈夫、この先も笑っていられる❞と全く根拠はないけれど、ほんの少し気分が落ち着いたり、前向きに考える事ができたり。

 

 

楽しそうな写真達と向かい合いながら決めたのは、

関係の変化を受け入れよう、という事。

年月の経過と共に、今のように会えなくなるかもしれないし、家族との時間や仕事の時間が増えるかもしれない。でもきっと、その時できる精一杯をやってくれるから、私もそれを受け入れる。

我慢じゃなくて納得した上でね。

 

そしてやっぱりね、嫌なら、どうしても受け入れられないなら止めればいい、既婚者の彼女なんて、止めた所で誰も反対しないって事。

 

 

写真を残すのって、思い出を残すのって苦手だったけど、この先も一緒に居たいなと思える人となら変化を感じられる歴史を作るのも楽しいのかもしれない。

 


これが幸せ、いいのよこれで

旅行から帰ってきて、時差ボケで変な睡魔と空腹で脳がまだ現実に戻っていない中、

彼に会って、「ちょっと太ったね」と言われて、日常に帰ってきたことを実感。

 

 

今日は彼と私との話ではなくて、私の話、、、

アラサー愛人女の価値観と偏見と独断(笑)

 興味ない方はスルーで。

 


 

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